古代ギリシアのピタゴラスも、7は天の性質をもち、明るく素直で、善なる数であると考えていた。《七》という数に理性と健康があり、人間にとってももっとも適当な時間と空間が7であるといっている。確かにスロットルでもパチンコでも幸運の数字はラッキーセブンである。
日本にも《七》を幸福の数とする発想がある。
恵比寿、大黒天、弁財天、毘沙門天、寿老人、、福禄寿、布袋の「七福神」などもその一つである。
 
ラッキーセブン‥‥室町時代に生まれた、現世の利益を期待する七福神について。
七福とは『仁王経』(にんのうきょう:仏教の経典)の「七難即滅して七福即生す」に由来するといわれる。
恵比寿とは…
『古事記』にしるされている蛭子神(ひるこのかみ)のことで、イザナキノミコト、イザナミノミコトの二神の第一子とされている。幼くして、葦(あし)の舟に乗せられて海に流され、竜王の国へ行ったら戻ってきたという話があるように、異邦人を意味する。<夷>または<戎>とも書かれ、異国から幸いをもたらす客神として信仰された。その後、事代主命(ことしろぬしのみこと・大国主神の子)にイメージを移して鯛をかかえた姿となり、漁業、農業、商業などの方面で、幸や財をよぶ福の神として尊ばれている。
 
 
 
 
 
毘沙門天とは…
ヒンドゥー神(インド神)で、もともとはクヴェーラとかヴァイシュラーヴァナと呼ばれた魔神であった。その後、仏教に取り入れられ仏法を守護する軍神多聞天として四天王(持国天、広目天、増長天)の一人に数えられている。唐の玄宗皇帝が毘沙門天の加護をうけ、西方の異民族を破ったという故事などもあり、聖徳太子や上杉謙信に深く信仰された。面白いことに毘沙門天は、百足(むかで)を眷属(けんぞく:従者、家来)としているため、江戸時代に寅の日にお福百足(生きたムカデ)を参拝者に授けていたという。まだその風習が一部に残っているようであるが…。
寿老人とは…
南極老人星という寿福をつかさどる星をいわば偶像としたもので、全天で二番目に明るいアルゴ座のカノープス星の化身といわれる。イスラム教の教祖マホメットの星ともいわれる。
中国でも瑞兆(吉兆)として尊ばれ、また寿老人の従える玄鹿は(鹿は1千年で蒼鹿、千五百年で白鹿、二千年たつと玄鹿になるといわれる)長寿の象徴になっている。
 
 
 
 
 
 
 
福禄寿とは…
寿老人の同体異体で、北斗七星の添星である。輔星(アルコール)の精ともいう。福禄寿は、道教で「希求される三種」の願い、幸福(子孫繁栄)、禄(財産)、寿(健康長寿の「三徳」を具現化したものである。
布袋とは…
唐末の明州(現在の中国浙江省、四明山岳)林寺の禅僧、契此(かいし・917年没)の姿をかたどったもので、この禅僧を布袋和尚といわれ、吉凶を占うことに長じ、外れることがなかったという。その円満な相やメタボの肥満体とあいまって信仰されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大黒天とは…
ヒンドゥ教の破壊の神で、インドの三大神の一人といわれる宇宙の破壊神シヴァの化身とされる神である。その名を≪マハーカーラ≫(摩訶迦羅)といい、サンスクリット語でマハは「大きい」カーラとは「黒い」というので、文字通り<大黒>である。狂暴な念怒の形相をして、夜な夜な人間の血肉を喰らう鬼神であった。後に仏教にとりいれられて、仏法僧の三宝を守護し、悪魔を降し、飲食をつかさどる神とされた。日本では、最澄(仏教大師)によって伝えられ、はじめは右手に剣と髪の毛、左手に剣と羊皮を持っていたが、室町時代に七福神として信仰されるようになり、福を授け、財を豊かにする施福神として、福徳円満な姿になっている。
弁天(弁財天)とは…
もともとはサラスヴァティーというインド北方の河の神で、音楽や弁舌の神として崇められていた。のちに、ヴアーチという言葉が知恵と財宝の神に結びつけられ、中国に入って≪妙音天≫≪弁財天≫などと訳された。
日本での弁財天信仰は奈良時代(聖武天皇代)に始まっており、蓮華の上に坐って琵琶をひく眉目秀麗な女神であった。後世になって、弁才天が<弁財天>と書かれるようになり、財宝神、金運神の神にされるようになってしまった。