占星術っていうのはつまりは星の動きによって、世の中や自分たちの生活を説明するってこと。「星のお告げを聞く」なんて言い方をすると、占星術もたちまち怪しげになってしまうけど。「星の運行と社会の事象を関連づけ、それを系統立てて説明する」って書くと、占星術もなぜか一つの科学だって気がしないこともないが‥‥。
しかし、占いと科学の相違点はいくつかあるものの、占いも科学も、その目的は同じではないだろうか…?どちらも宇宙や世界をデタラメのものとしてではなく、何らかの原理、法則に支配されている、つまり秩序があるととらえようとするからである。また、占いは、科学とは別の方法で世界を秩序あるものと見ようとしているのではないだろうか…?
 易は、宇宙、世界のことわり(理)を明らかにするものだった。世界の秩序、法則が理である。人生もその理のひとつのあらわれかと思う。一見デタラメ?に見える人生も、世界の法則に支配されているものであり、ゆえに人生をあらかじめ知ることができ、またある程度はコントロールすることができると考えるのである。
西洋占星術もほぼ同様である。占いは、科学がはじまる以前には、占いが自然、宇宙、世界の仕組みを解明し、説明するものだった。
天体物理学者のケプラーは、一方では科学的天文学者であり、他方では占星術師であることができたのは、どちらも宇宙、世界の秩序を明らかにしようとするものであるからなのだ。
西欧にかぎらず、科学がはじまる以前には、占いが自然、宇宙、世界の仕組みを解明し、説明するものだったんじゃないかな。
 
科学的には根拠はない「星占いなんて」ってバカにする人たちもいるけど、占星術は決して実体のないいいかげんなものじゃない。宇宙を世界を、科学しようという画期的な方法と考えることだってできると思うが…?
こうして生まれた占星術は、やがて「今」にかかわるだけでなく「未来」にまでもかかわるものとして考えられるようになる。そりゃだれだって星の動きで未来が予測できれば、今以上に幸せになれると思うよ。
占星術は「オギャー」と生まれた瞬間から現在までに、いろんな形に変化したり、より進んだものになったりしながら、いつの時代も「幸せになりたい」人間たちをとりこにして来たんだと思う。