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干支祈年殿
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★干支とはなぁに?

 年年賀状を書く12月になると、来年の干支を改めて意識される。メールが一般化した昨今でも、年賀状の慣習は衰える気配は見せていない。その限り、12支の観念が消滅することはないだろう。

なたは何歳ですか」と若い女性に聞いたら、目をつり上げたような形相になると思う?「あなたの干支は」と聞くと、ちょっと間を置き、(2コ3コ少なくさばを読んでいる)「私、干支は寅で〜す」と返ってくる。
 のように干支という言葉は何気なく使われているが干支(かんし)と書いて、なぜ「えと」と読むのだろう。辞書を引いても「干」(え)という読み方はないし、「支」(と)という音も見当たらない。

干支の象形文字
」(かん)という文字は、先が二股になった棒の象形文字で、敵を突いたり、身を守るための武器を意味していた。干戈(かんか)は盾(たて)と矛(ほこ)から転じて戦の意味となり、干渉は武器を持って押しかけ、介入することである。のちに、武器として用いた棒を並べて、それを数に対応させるようになって、物を数える言葉として使われるようになったのである。若干(じゃっかん)とは、いくらかの数である。よって、「干」は1個、2個と数える言葉として使われるようになったようである。
 方「支」は、一本の枝を手に持つさまを示す、会意文字(二字以上の漢字を組み合わせ、同時にそれぞれの意味を合わせて一字の漢字とすること)で、支流、支店などのように、一つのもとから枝分かれした「区分」を表し、また支柱、支持などのように下から支える意味を持っている。
 と支をひとつにした俗称≪干支≫は元来「幹と枝」の意味であったのが、のちに十干と十二支が制定されて、その組み合わせを<干支>というようになったのであった。
 国最古の帝といわれる黄帝(BC2448〜2510)が、部下の大撓(だいとう)に命じて「十干」「十二支」を作らせたといわれているが、確かなところでは、殷(BC1046年頃)の時代に使われ、始めは<十日十二辰>のち<十母一二子>という結びつきの強い対語となり、後漢(25〜220年)の頃から、現在の<十干十二支>に定着したといわれている。
 実には、西暦85年の改暦より60周期の干支を1年ごとに機械的に進めていく干支紀年法が用いられるようになり、現在まで絶えることなく続いている。

黄帝
 国最古の黄帝は、麻の衣服、五穀栽培、住居造り、牛車や馬車、貨幣や度量衡(長さと容積の重さ。それをはかる物差し・枡(ます)秤(はかり))、漢字などもつくったといわれる。漢代に歴史家の司馬遷に著された『史記』によると、姓は公孫、名は軒轅という。帝鴻氏とも呼ばれる。蚩尤(しゅう:中国神話に登場する神)を討って諸侯の人望を集め、伏羲(ふくぎ)のつくった八卦を六十四卦にしたといわれる黄帝と異母兄弟の、神農に代わって帝となったとされる。
  
余談 : 神農とは…古代中国の伝説に登場する帝王。医療と農耕の術を教えたという。世界最古の本草書(漢方医術)「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」に名を残している。日本においては、神農は「神農皇帝」の名称で、フーテンの寅さんでお馴染みのテキヤの守護神として崇敬されている。
ちなみに、天子、国王の称号として英君をあらわす「皇」と「帝」を合わせて命名したのが、秦の始皇帝である。また、始皇帝のつくった大帝国“秦”の名がChinaの語源になっている。


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