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干支祈年殿
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★中国の占星術

甲骨文字
 国では、カルデア人が占星術を行うより前の紀元前17世紀ごろの殷(いん)の時代、既に干支(えと)が一般にも普及していたらしい。その証拠に、12支や十干が刻まれた甲骨文が発見されている。
 いもまた、殷の時代に始まり、《卜占(ぼくせん)》と呼ばれた。
亀の甲に占い字(卜辞)を刻んで、それを裏から火であぶるか、焼け火箸をあてるかすると、甲羅にひび割れができるが、これを《兆》といい、その兆の形を見て神意を判断し吉凶を決めるのである。
<卜>という字は、火にあぶられた亀甲がひび割れるときの音「ぼく」をそのまま表しているといわれる。<桃>は兆(きざ)しをもつ木とされ、兆しをもつ木は未来を予知し、魔を除くと考えられた。

 本でも三月三日の桃の節句に飾られるようになり、桃太郎として鬼退治物語の主人公の名前にもなっている。
桃太郎が二つに割った桃の中から生まれてくるというのも、<兆>が裂け目を意味することに由来するという。

 局、「占い」というのは文字からもわかるように卜(ぼく)を口で言う、つまり亀甲に生じたひび割れを読んで、それを言葉にいい表わすことだった。
 の時代には《筮竹(ぜいちく)》占いが始められた。<蓍(めどぎ)>という草の茎で計算具をつくり、数理によって吉凶を判断するものであった。

 易経』(えききょう)が西欧世界でもてはやされるのは、主としてスイスの精神科医カール・G・ユング(1985年〜1961年)が熱心に研究したせいである。
リヒャルト・ウィルヘルム訳の『易経』に寄せた序文でユングは、「この神託を得る技術、すなわち無意識をさぐる方」こそ自分の生涯をかけた関心事であると言い、みずから精神分析法との関連性を述べている。

 経はもともと神秘数に対する信仰に出発し、50本の蓍の算術的操作を基本としていたために、哲学的な体系として発展しやすい性質をもっていた。
 西欧で易に対応する占い法は、タロットと呼ばれる風変わりなカード占いである。
 すが12支発祥の地、中国。歴史が古い!
 れから時は流れて、紀元前5世紀頃、中国独自の占星術が誕生することになった。その名も「陰陽五行説」。
 陰陽五行説」とはすべてのものには、男と女、天と地、光と陰というように逆の性格を持つものがあるとする「陰陽説」と(日本では陰陽道(おんみょうどう)と呼ばれた)すべてのものは「木・火・土・金・水」の5つの要素によって支配されているとする「五行説」が、ドッキングして完成したもの。
 行説では、天地万物の姿をとって五行が現れると考えられた。方角として東西南北と中央(五方)季節でいえば春夏秋冬と土用(五時)色彩では青赤黄白黒(五色)といった五つずつのパターンを五行配当という。
<五味>すっぱい、苦い、甘い、からい、塩からい
<五音>中国の雅楽音階のベースになる五つの基本音で、音階を宮、商、角、微、羽の順序にすると、現代の呂旋法ドレミソラ、律旋法のドレファソラに近い音階となる。
<五則>度量衡の基準になる5つの道具:コンパス、ハカリ、縄(大工が直線を引くのに使う道具)、差金、ハカリの分銅
<五欲>財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲
<五刑>大辟(たいへき)、宮刑(男は性器を切り取られる。女は監房に幽閉される)剕刑(足を切り取られる)劓刑(ぎけい)鼻をそぎとられる。墨刑(入れ墨を入れられる)また笞(むち打ち)杖(つえ打ち)徒(強制労働)流(島流し)死(死刑)
<五穀>中国では、キビ、コーリャン、麻、麦、豆。日本では、米、麦、アワ、豆、キビ(またヒエ)
「五虫」といっても昆虫ではない。ナンバーワンが「鱗虫」と呼ばれる動物の竜である。深い沼に住んで雲を呼び、落雷によって昇天するといわれている。「羽虫」は羽をもった動物で鳳凰である。体に五色の紋様があり、瑞鳥として尊ばれている。桐の樹に住み、竹の実を食べるという。「裸虫」とは羽毛のない動物、つまり人間のことで、とくに聖人を指している。「毛虫」は毛のある動物で、麒麟のことである。「介虫」とは固い殻をかぶった動物で長命の代表の亀である。

 こでピーンと来た人は頭がいい。「陰陽説」とは月の満ち欠けのことで「五行説」とは木星、火星、土星、金星、水星の5つの惑星のこと。つまり、「陰陽五行説」も星の動きから導き出された占星術というわけ。
 陽五行説と干支は、中国での二大占星術と言っても過言ではなくて、この2つを基本原理として生まれたのが雑誌でもよく目にする「四柱推命」なのである。
 に、陰陽説の生みの親で、婚姻制度の生みの親でもある王伏義がつくった「八卦」という占星術もある。「八卦」とは陰と陽をさまざまに発展させた8つのパターンで、この世のすべてを説明しようというもの。

相撲
 撲の行司が取り組み中に必ず
「はっけいよい。のこった!」
って声を掛けるよね。この「はっけ」とは「八卦」のことを指している。
「いい八卦が出たぞ。今なら闘うに最高だ。まだ土俵に余地があるから、気合いを入れてしっかり闘えよ!」
っていうのが「はっけよい。のこった」の意味なのである。


元横綱 朝青龍
 俵外で起こした相撲に「悪い八卦」が出てしまったため、土俵に余地がなくなって「はっけよい。のこれず」となってしまった。12年間の相撲人生に幕を下ろした元横綱。

 た、易占の判断は、五段階評価であった。
〔吉〕幸いがある。
〔凶〕禍いがある。
〔悔(かい)〕(半吉)後悔するような結果。
〔吝(りん)〕(半凶)調和がくずれて行きづまる。
〔咎(とが)なし〕さしさわりない。


おみくじ
れが日本に伝わって
《吉》
《凶》
の二つになり、さらに細かく分けられて、
<大吉>
<中吉>
<小吉>
<小凶>
<大凶>
となったようである。<おみくじ>はだいたいこのパターンである。

 本は、いろんなところで、そして意外なところで、中国の易占や占星術から影響を受けているようである。
 類は、未来という観念を心に浮かべ、それによって暮らしを豊かにしてきた。しかし、現在の卓越したテクノロジーをもっても未来の本質はなお明確な定義づけができない。政治や経済問題などは、ある程度の動向より曖昧に推し測ることはできるが、将来のことは、長期短期を問わず私たちには分からないことが多すぎる。
それゆにこそ、私たちは絶えず将来はどうなるのだろうと思い患っているのである。
未来を予測し、制御しようとする人類の努力の歴史は、長期的観点で見れば、おそらく人間社会そのものの歴史と同じくらい古く、いかなる整然とした科学体系よりも確実に古いのである。


おみくじ雑学
 みくじの歴史・由来には諸説があり確かな史実は残されているわけではないが、一般的な説を紹介する。
   おみくじの語源については、「おみ」は「御」と「御」を併せたものとされ、尊敬の意を表すところからきているといわれる。
   おみくじを漢字で記せば、「御御籤」だが、他にも神意を占う方法とされていることから「御神籤」と書く場合もある。
   「くじ」については、「孔子」と書かれる場合があるが、その昔、筒の中に入れた棒を引いていたことから「串」にたとえて「くじ」に変化したという説、また、「公事(公のこと)」に関することを決めるときに使われていたため、やはりそれが変化したという説、他にも、「奇し(奇なこと)」から発生したという説などから来ているともいわれている。

 史を紐解けば、神武天皇以前、「うがやふきあえずのみこと」の神々の時代、つまり神代の昔より、神事として盛んに行われていたといわれている。『日本書記』には、「短籍をとりて謀反けむ事」(斉明紀)をとったとあり、天智天皇がまだ皇太子の頃、臣下が造反者であるかどうかを試すため、数枚の紙に文字を書き、折り曲げて、その中の一つを選び、くじ占いでそれを判断したことが書かれている。これを「ひねりぶみ」といい、これが民間にも用いられるようになり、大事なことを決める時にくじを引いて決めるという風習が流行したともいわれている。
   1242年、天皇を決めるに際し、鶴岡八幡宮においてくじを用いて後嵯峨天皇が即位したという話もあり、また、足利幕府の頃も、石清水八幡宮において後継者をくじ引きで決め、足利義則が即位したとも伝わっている。戦国の頃にも明智光秀が、本能寺の変を起こす時、愛宕山においておみくじを引いて運気を占ったといわれている。
   元来、予知、占いといった「人力を超えたものにすがる」という風習自体は、古くからあり、よって崇拝という形での神道は様々な物に神を感じ、神にお任せするということをしてきたようである。


 仏教みくじ

 本での仏教みくじのはじまりは元三大師百籤といわれている。百籤は中国から伝わり、原形は易経や、観音籤だともいわれている。元三大師(慈恵大師良源、九一二〜九八五)は比叡山の十八代目の上人で、天台宗「中興の祖」ともいわれている。多くの利益や説話が残り、「降魔大師」「角大師」「豆大師」などと呼ばれている。有名な元三大師の護符(神仏の加護がこもっているという札)には、角が生え、目は大きく見開き、口は大きく裂け、あばら骨が浮き出ており、ものすごい忿怒の相が描かれている。永観二年(九八四)疫病が流行していた時、元三大師は鏡の前で瞑想に耽り、自らの身体を骨と皮だけの鬼の姿に変え、その姿をお札に刷り、疫病を退散させるため家の戸口に張るよう命じたのが由来といわれている。
   また、江戸時代初期、上野寛永寺の天海大僧正が、元三慈恵大師に帰依しており、ある夜の夢枕に元三慈恵大師が現れ、「信州の戸隠山明神の宝前に観音百籤がある。これは観音菩薩に、人々の悩みを解決するために祈念していただいたものである。これを肖像画の前に置いて吉・凶・禍・福を占えば、人の幸不幸を知ることができるから人々を利益しなさい」とお告げがあったといいます。これが日本におけるおみくじの由来という説もある。


 寺社仏閣の色々なおみくじ

 社仏閣にくじを備え付けるようになったのは、江戸時代という説があり、くじの道具を常に用意して数字の書かれた棒を入れておき、「○番ならばよい」などと決めてから行うようになったといわれている。
   現在でも寺院、神社で引けるおみくじは元三大師百籤由来のくじが一般的なものであり、それが様々な宗派でおみくじの形式が決められ、近年では民間会社に委託され、多くのおみくじが作られて販売されることになったようである。


 各寺院・神社のおみくじ

 般的に、運勢の表現は、江戸時代からあるものは、病人、待人、失物、口舌、家つくり等が挙げられる。しかし、比較的近年の社寺のおみくじは、健康、学業、受験、縁談、恋愛と、時代にあった内容が登場しているようで、これは、若者におみくじへの期待、また、参拝への関心をより抱かせる目的もあり、身近な事柄になってきているようである。

 しいおみくじでは、和歌を織り込んだおみくじ、金みくじ、赤みくじ、香みくじ、年占いおみくじ、押花入りの花みくじ、ダルマみくじ、ご神水開運おみくじ、水占みくじ、振り出し用みくじ。また、外国人観光客用の和英文みくじ、イベント用の開運みくじ等、時代の変化や人々の意識の変化に応じたおみくじが作られている傾向にある。そのためか、電動式のおみくじ機や羽車式のおみくじ機など、おみくじ用販売機の製造も盛んであり、昨今では、日本だけではなく海外にまで発送されているようだ。


おみくじ結び
 みくじを境内の木の枝などに結ぶのは、江戸時代より恋愛の「縁を結ぶ」に始まり、神様との「縁を結ぶ」として木に結びつけられるようになった。
【ケース1】おみくじには神や仏からのメッセージ、パワーが秘められているので、吉凶にかかわらず持ち歩き、後日お礼を込めて境内に結ぶ。
【ケース2】凶などのおみくじは、凶をとどめて吉に転じるようにお願いし、その場で境内に結ぶ。
ちなみにおみくじは参拝の後引く。


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